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私を信じられますか。

2020/ 07/ 05
                 
私自身がどのような人生を歩んできたのかをお伝えし、安心してご依頼いただければと思います。

1歳のときに母親を感染症で亡くしました。

母親の写真さえなく、どんな人なのかも知りません。

母方の親戚とも音信不通の関係だと聞いています。

何も残っていないこと、何もわからないことが、私の中で消化できずにいましたが、
新型コロナウイルス感染症の感染症患者への社会の目を目の当たりにし、理解できるようになりました。

その後、知り合いの精肉店に養子として祖父に100万円で譲渡されそうになったが、父が取り返してくれたそうです。

小学校高学年になると、父の事業は安定し、中学生の頃にピークを迎えます。

その事業のきっかけは、叔母が入社し、祖父が雇われ社長になり、父が入社した会社です。

その後、倒産してしまうのですが、父が祖父に代わって債権者集会などで矢面に立ったそうです。

その事業のうち、大東亜従軍記章などの販売部門等を引継ぎ、協力者の後押しもあり大きな成果を上げました。

高校1年の頃、叔母や祖父が事業利益について、独り占めはおかしいと争いが起こりました。

40歳代で自分に自信のあった父はすべてを譲り渡します。

充分な生活を送れるように祖父には当時の生活費では、破額の月額50万を渡していたそうです。

争いの後、我が家はリース名義の関係などで貧乏のどん底に陥ります。

私自身はというと、中学3年の時にあまりに勉強をせず、成績の悪かった私を心配して家庭教師をつけてくれました。

その時間くらいしか勉強しなかったのですが、田舎の普通の高校に入学できました。

その家庭教師は、進学校の現役教師で、

「勉強に興味を持てば、良い大学に入学させることができます。あと3年の大学受験まで面倒をみさせて欲しい。」と父に申し入れたそうです。

貧乏のどん底に陥るまでの1年間だけお世話になりました。

そんな思いも知らず、旧帝国大学を目指せと言われても、どんなに我慢してくれても、真摯に勉強に取り組めない私がいました。

もっとも、基礎は自分で勉強していて当たり前という手法で、家庭教師との時間は、一流大学レベルの参考書でしたので、予習も復習もしていない自分にとって苦痛で仕方ありませんでした。

ただ、そのお陰で田舎の普通の高校生が先生のいたずらで出題された東大の数学の問題を正解してしまい、その学校で勉強ができると自負している人が教室に私を見に来るようなこともありました。

高校2年からは生活することがやっとで、進学などは考えることも出来ない状況でした。

叔父叔母のお世話でオーストラリアへ留学するという計画もありましたが自然消滅しました。

罰が当たったのかもしれません。

その後、夜間でもよいので大学に行きたいと思い、100万円ほど貯めて、よしやるぞというときに、父が勝手に私の貯金を全額使いこみ、飲食店を共同経営し始めました。

それでも、親族に裏切られた父を責めることはできず、何日も布団の中で声を押し殺して涙を流した記憶は今でも残っています。

その後は父の事業を手伝う道しか残されていなかったのですが、所詮素人が始めた飲食店です。長続きはしませんでした。

廃業したときに、父と再興を目指すことを誓い、35歳までその目標に努力してきました。

しかし、小麦アレルギーを誤魔化し続けた結果、皮膚に異常をきたすようになり、皮膚科を巡ったのですが、治ることはありませんでした。

最後に行った病院の医師に、
「そんな荒れた手で作られたものを食べさせるのか、仕事を変えたほうがよい。」

そう言われ、それから2年後にマンション管理の資格を取得して、父との目標から離脱しました。

苦渋の選択でした。

今まで自分の気持ちを犠牲にしてきましたが、そのことで誰かを恨むくらいなら、自分の気持ちに正直に生きるべきだと考えました。

35歳になるまで、寡黙な職人でしたから、電話の取り方もわからず、何ともみじめな会社員デビューでした。

それでも、「自分は腕を磨いて認めさせるしかない」と心に誓い、管理会社を渡り歩きました。

その結果、どこの会社に行っても、どこの管理組合であっても、認めてもらえる能力を身に付けることができました。

誰よりも多くの管理会社を知っています。

誰よりも多くの検討事例の経験値があります。

また、今まで私の管理サポートが不満で解約を検討されたことは1度もなく、多くの管理組合から「あなたが担当になってくれて良かった。」とお声がけいただいています。

無駄な費用を節約して、必要な工事はしっかりと行える100年マンションとなるよう支援したい、そう思い独立を決意しました。

私の人生もそれなりに色々とありましたが、子供には生き方や戦い方を伝え続け、そろそろ自分の考えで生きてゆけるだろうと思ったとき、私の最低限の責任は果たせたのかなと。

やっと、自分の気持ちに正直に自由に生きられるときが来たと思っています。

「このままではまずい。」そう感じている方、誰かがやってくれるまで待ちますか。

誰かが始めなければ、誰も後を追ってきてはくれません。

私が一緒に戦います。

そのままにしないで、ぜひ、ご相談ください。
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